どうもよよよです
それにしても、なんて人生って素晴らしいんだ?
散歩をしていてそんな事を思ってしまった
そう、人はただ生きているだけで素晴らしいのだ
お米は美味しい、昼寝は心地良い、外を歩けば自分を包む清々しい風、草の水々しさ、ああ、陽を返してきらめく麗しい小川の清流よ
それら全てを俺は感じる事ができる、それが幸せということなのだ、万物は俺を祝福してくれている
にも関わらず世間の奴らときたら、金の多い少ないがどうだ、誰かに認められたい好かれたいだ、他人より優れていたいだ?全くくだらない
余計な事に心を乱して、人生を棒に振っている場合かね?刻々と死に向かって生を浪費するばかりか、中には自ら死を望む者もいる
本当に理解ができない、もったいないとしか思えない、あなたたちは自分の心の有り様を他人に委ね過ぎだ
それよりも路傍の雑草や名も知らぬ花の美しさに心を委ねなさい、雲の向こうの宇宙を感じなさい、もっと散歩をするべきです
それにも気づかず都会の灰色のアスファルトをただ見つめて足早に歩き、休日は家で布団の中でうずくまる現代人は視野がとても狭く、みんな鬱病だ
どんな分野に詳しい専門家でどんな天才であろうとあろうと、人生の素晴らしさに気づいていない人間は漏れなく愚かなのだ
愚かだ、お前らは!
いえ、すみません、皆さんを責めているのではありません
もどかしいのです、この幸福を皆さんが気付けないことに
社畜もセミリタイア民も人生の素晴らしさは変わらない、社畜は忙殺されそれに気付けないだけだ
セミリタイアはそんな自分を見つめ直し、人生の素晴らしさに気づくための材料のひとつに過ぎないのである
齢わずか32でこの真実に到達できた僕は人生の素晴らしさを感じながら旅を続けることができる、これを幸福と呼ばずになんと言おう?
まさしく俺は自分のことを賢者だと思う
要領が良いとかお勉強ができるとか、そういう表面上の賢さではなく、本当の意味での賢さを俺は持っている
少しでもその賢さを苦しむ皆さんに分けてあげたい、その一心で今日も僕はブログを書き続けるのです