セミリタイア老師 人生よよよのゆったり余生セミリタイアブログ

後進の育成も終わり、ひたすら死を待つブログ

生き方について思考するなら「〇〇でもいい」という文法にしておきましょう

どうもよよよです

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まぁそうなんですよね

いっそ、酷いブラック職場だったらこっちも休職でもなんでもして金奪い取ってやらァwと罪悪感なく思えるんですが、自分に対して優しい職場だとそれはそれで困るんですよね

「こんなに良い人たちに迷惑かけてるなぁ」と肩身の狭い思いしながら毎日その場にいるわけですから、辛くなる気持ちは分からなくもないです

まぁただ、実際はそう劣等感を持つ必要はない

周りの人たちがそうして気を使ってくれたり助けてくれるのも、あなたが人から助けたいと思われるほどの甲斐性を持った人間だということでしょう

単なる優しさだけで人を助けてくれるほど、社会人は甘くないです、残酷な世界です、自分の立場もありますから

逆に言えばそれでも社会人で助けてもらえる人間はそれだけで存在意義がある人間ということなんですよ、あなたは助ける価値がある人間ということ

あなたの普段の仕事ぶりや人間関係においての役割、様々な要素で職場にとって必要な人間だと認められているんです

他人の善意や優しさに頼り切りだと思うから辛くなるんです、そうじゃないです、相手も社会人としてやるべき事をやっているだけのこと、もっと社会というのはシステムで動いています

他人からの優しさというのは時に重圧ですが、相手も役割を果たしているだけと考えればそう深刻になる必要もない

あなたはいま何より優先順位が高いのはうつ病を治すのをゆっくりやっていけばいい、それが社会というシステム上のあなたの役割、それを淡々とこなすことを考えればよい

それは別に善意や優しさに甘えているわけではない、自分のできることをしている人間が劣等感を感じて申し訳なくなったり辛くなる必要はありません

あと、仕事を続けるしかない、などと〇〇しかない、という考え方は今後はやめておきましょう

生き方について思考するなら「〇〇でもいい」という文法にしておきましょう

今は仕事を続けてもいい、でも無理なら続けなくてもいい

生き方に〇〇しかない、という考え方はないです、どんな形でも生きることができます

杵築市移住でバイト生活、最悪生活保護でダラダラ生きる道、可能性はなんでもあるわけですから、思考を自分でロックして可能性は狭めないほうがよいです