どうもよよよです
30万名なら流石に当たると思ったが外れた、他の人は当たっている
疎外感はこうしたところから始まり人は孤独になっていくのだろう
ありえないです、罪は行動に対して科せられるもので、存在に対して科せられるものではありません
犯罪者、なんて勝手な尺度だと思いませんか?
元々、生き物なんてものは全て自分勝手なものです、自分勝手のベクトルが違うだけです
「暴行する前に、犯罪を犯す前に、不満があるなら話し合いましょうよ」と分かったような事を言うやつは多いが
近所にいる挙動不審で髪もボサボサ、身体も臭い、そんな名物おじさんから「話を聞いてください…」とどもりながら突然言われても、誰も話なんか聞かねぇだろ、無視するだろ
「話し合いましょうよ!言葉で解決しましょうよ!」ハァ?って感じですよ、いいカッコしいでイラつきます
犯罪者に限った話ではなくあらゆる生物はまず自分さえ生き残ればいい、自分が優先、そのためなら他の生き物を犠牲にしても構わないという利己的な遺伝子を全ての生物が持っています
あなた方がふだんから他人に決め込んでいる「無視」も外敵の排除方法のひとつです
そして、無視され、いないものとして扱われた挙動不審おじさんの最後の自己アピール方法、存在証明、あるいは力を持たない人間の外敵の排除方法が「犯罪を起こす」であっただけです
外敵の排除方法が合法か非合法かどうかは、人間が勝手に決めた尺度であってそのタチの悪さは変わりません、罪があるかないかで言えば同様に罪はあります
犯罪をおかしそうな人間を自分に危害が及びそうだからと無視して放置して、いないものとして扱い、犯罪の土壌をしっかり整えたのにも関わらず「犯罪を起こす前になぜ誰にも相談しなかった!自分勝手だ!」とほざいてる世間の人間を見ると非常にムカつきます
僕がまだ働いてた頃、「絶対にリタイアしてやる」という意思で目がギラギラしていた頃、その時は靴下に穴が空いていても履いてました
だって工場仕事で同じルーチンワークをしていると、足裏の体重がかかる場所、擦れる場所は毎回同じなんですから、すぐ穴なんて空きます、安全靴の鉄板のせいで窮屈で硬いですしね
その度に毎回買い替えるのは不経済です、まぁ他の靴下の素材でパッチワークして塞ぐこともありましたが、次第に面倒臭くなり穴が空いたまま履いていました
その時のわたしはとにかく金を使いたくありませんでした、金を奪われることは人生を奪われると同義でした
靴下一つに対してでも「お前もおれのリタイアを邪魔するのか?絶対に買い替えねぇからな、誰も俺を止めることはできない、ざまあみろ」と反骨心を発揮していました、あのときの自分は軽く狂っていたかもしれません
安全靴に履き替えるたびに親指が飛び出してかっこ悪い足を同僚に見せることになりますが、そんなのもお構いなし
「どうせリタイアしてお前らは俺の人生から関係なくなるのだ、ひたすら貯蓄して靴下に穴が空いてる俺こそが勝ち組なのだ、社畜どもめ」と思いながら評判の落ちるままにしていました、そうしないと自我を保てなかった
今はそもそも靴下履かないですね、外出もしないし、だから穴が空く心配もほぼなし
パンツもちょっと穴が空いてるくらいだと履き続けますね、誰かに見せる機会があるわけでもなし、問題ないです、ゴムが完全に伸び切るまでは履きます