セミリタイア老師 人生よよよのゆったり余生セミリタイアブログ

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社会での立場なんて人間を構成するうちのたった1つでしかありません

どうもよよよです

ネット炎上参加者「実は高年収」という仰天実態 | インターネット | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

なんと、「男性」「年収が高い」「主任・係長クラス以上」といった属性であると、炎上に参加する(書き込む)傾向にあるという結果になったのだ。事例だけでなく、データ分析結果からも、旧来言われていたような「極端な人」の属性が、的外れだったことが示されたといえる。

ネットの炎上で他人を幼稚な理由でネチネチ責める人間の多くは、よく言われるような底辺労働者や暇な無職ではなく、実は社会的には恵まれているとされる高年収で会社での立場も高い男性である、とのことらしい

そうなんだろうなというのは普段から察しのいい僕も気づいていて、やはり人が一番攻撃的になる瞬間というのは「自分が正しい!」と思い込んでしまった瞬間だということ

「自分は正しいから他人を攻撃していいのだ、自分にはその権利がある」と頭に血が上って幼稚な正義を振りかざしてしまう

そんな状況に陥りやすいのは、普段から社会的に認められている人なんだろう

他人から否定されることも少なく、社会人として非の打ち所のない高年収、会社での位も高い人間となればその環境から「自分は他人よりも正しい」と思い込んでしまいやすい

その結果、「バカな民衆たちに正しい俺が裁きを与えてやる」とばかりにネット炎上に参加、ネチネチと死ぬまで人を追い込む暴力装置と化すのだ

こういう人間もまた、一種の「社畜」だなと思う

他人の誰かが決めた年収、会社での立場が人間としての価値だと信じ、それらが高くない人間など価値が低いのでボコボコに攻撃しても構わないと社会や会社に人格を狂わされている

そうして人格まで会社に染められたら、それはもう自分の意思を持たない哀れな道化であり社畜

俺からすればちゃんちゃらおかしい、いくら立場が高かろうが年収が高かろうが、しょせん社会で働いてる人間など誰も彼もが「他人のお手伝いさん」なのだ

小さい枠組みの中で多少立場が上だったり高級なエサを貰えているだけで他人を攻撃する権利を得たと勘違いしてイキっているのだから、そうした枠組みから外れて自由を得た僕からすれば井の中の蛙を見ているようで笑えてくる

 

年収や職位、そんな他人が決めた評価がアイデンティティの人間って大変だね

だって会社を辞めたら自分が自分である証明を無くすってことでしょ?

常に会社が潰れたりクビになることにビクビク怯えながら過ごすんだろうな、他人への攻撃性はその不安の裏返しなのかも

定年退職してただのおっさんになったら、今度は町内会長でもやって他人へのマウントを続けるのかな…

皆さん、社会的な評価=人間の価値ではありません、どんな偉い人間であろうとそれが他人を攻撃する免罪符にはなりはしないのです

社会での立場なんて人間を構成するうちたった1つでしかありません

社会的に立場が高いからとイキるのは足が早いからイキる小学生と同じだということを自覚しなさい

それはつまり「驕り」であり、驕りは他者との関わりの中で不純物以外の何物でもありません

他人に物言いをする時には、自分は自分と相手の立場を比べて驕っていないか?自分が言おうとしていることは驕りからくる言葉ではないのか?そうした事に気をつけ用法用量を守りネット炎上を楽しんで欲しいと思います