どうもよよよです
寿命という意味では確かに女性のほうがよかったですね
男だと古来、狩りをするために筋肉があったり体が大きかったりしますが現代だとマイナスの要素が大きいように思います
筋肉が多いせいでカロリーが勝手に消費されてその分多く食べなくてはいけなくて燃費が悪い、体が大きいせいで関節に負担がかかって腰や膝を悪くする、挙げればキリがない
根本的にオスというものはメスと子どもを守って働いてさっさと死ぬようにデザインされてるんだなと思う、育てる役目はメスであって種を植えたオスを生かしておくのはリソースの無駄だ、種を植えることすらできなかった我々は弱者男性はさらに邪魔ということ
あと、俺は男同士の人間関係だとうまくいかなかったけど、仮に自分が女性で女性同士の友達ならできたんだろうなと思う
脳内物質のテストストロンのせいかマウント取りたがる醜い人間が多いじゃないですか男って
自分のほうが上なんだとかどうでもええっちゅうねん
そのせいで俺は傷つき卑屈な人間になり、すぐ諦めるくせがついて無気力になって家でゲームしかできなくなったんだよ
俺は労働社会じゃなくて男社会に潰された人間なのかもしれないな
外に出ろ外に出ろと、しきりに読者は言うけど外に出てどうするんだ?逆に聞きたいよ
人には言うけどいつもどんな体験という肝心な部分がぼやけてるよな、闇雲に外に出て人と会話しようとしたって通報されて不審者情報に乗るだけだろ
外に出ても平日の昼間、日常生活においての孤独コミュ障弱者男性の居場所のなさに改めて気づいて、「やっぱり働くか…」となるのがオチ、だったら家でゲームしてるほうがマシ
思うに他人に言うほど読者自身、偉そうな物言いのブロガーに対してに説教したくて外でろよと言ってはいるが、自身もよく分かってないので具体的なことは特に言えないんだろう、こんなブログ見てる時点で人生経験的に人に言えるほどではない、具体的になにをすれば豊かな人生経験になるのか、経験したうえで俺に教えてくれ、そこまでしてようやく俺はアドバイスに耳を傾けるつもりだ
話は戻るがきんさんぎんさんが外に出て働いたらボケなくなったんだとしたら、だから老人には労働が必要だって話だろ?
老人が働くべきというのはそれは何回も言ってる、別に老人憎しとかで言ってるわけではなく老後における個人の幸福のために言ってるのは勘違いしないでほしい、世の中がちぐはぐな仕組みだと思うんだよな
仕事は若者がやるには退屈すぎるが、老人にやらせるにはいい刺激なんだよ、それをいろいろ体験をすべきな若者に長時間同じ仕事をゴリゴリにやらせて時間を浪費させ老人になったらわざわざやめさせて家で一人にさせてボケさせる、本当に意味わからん
国がやる事はあべこべで老人に年金を渡すんじゃなくて、若者に年金に相当するお金を渡すんだよ、それを老人が働いて支える
若者はそのおかげでいろいろ経験できて、こんないい思いをさせてくれる国には報いなきゃ、と国に殉ずる覚悟が芽生えるし、本来なら人との繋がりが薄くなったり身体を動かすべきの老人が仕事を通じて人との繋がりや行動機会に恵まれる、この提言は完ぺきだと思うんだよな、なぜかあまり読者には理解されないけど
「老後まで働きたくない」というのは若いうちから無理に働いてるせいであって老いてから働くようになれば自分の加減も理解しているし世の中の仕組みも理解しているからそれほど辛いということもない、これこそが誰もが幸せになれるユートピアさ
してもいいけど初見以上の良い感想は自分からはでてこないでしょう、以前の記事を見ればそれで十分なのかなと思います
見て回るぐらいだけど祭りは見に行ってるよ、ライトアップきれいだな~とかちらっと見て帰ってくる、ブログの記事にはしないだけ
だいたいいくら杵築の宣伝しても、君たち杵築に来ないじゃん!杵築の人口は減るばかりで一万アパートはずっとスカスカ空き室ばかりなの知ってるからな
ときおり一万円アパートいいですね〜と一時の話のネタにするだけ、どいつもこいつも
まぁもうそれは諦めた、杵築に来たとしても安く住みたいだけの人間ばかりで祭りの宣伝をしたってイベントや出店で金を使わないんだから意味ない、地元の家族向けのお祭りは弱者男性にとって魅力でもなんでもないのだ
俺も行ったとして出店の焼きそば一人前600円とかの数字見て「えっ!」と驚いて、うーん…物価上がったとは言え、と思いながら帰りにスーパーに寄って130円三食入りまるちゃん焼きそば買って帰るだけだから
まぁ友達や家族とかと景色見ながら感想を語り合いながら交換しながら食べるのが600円の価値があるんでしょうね、そういう価値の分からない人生を歩んでしまった俺みたいなのはお呼びでないので祭りに来るなということ
お祭りやイベントのようなもとより人生を楽しんでる世間の人らが楽しむような内容ではなく、無能だ弱者だ世間はバカだ、そしてとにかく安く、あるいはタダの乞食案件だのと世間のはじっこで褒められたものではないウジウジした内容のほうがブログ的には合っているのだろう、我ながらこのブログ閉塞感がただよっているよね
大橋巨泉氏が言った言葉だなんて知ってる、釈迦に説法、大谷翔平に野球指導、人生よよよにリタイアマウント、俺を誰だと思ってるんだ?セミリタイア老師だぞ
しかし認める認めない以前に大橋巨泉氏には悪いがリタイアなんかはどう考えても無能な弱者がするもんだよ、能力がある人間は働くべき、そのほうが絶対幸せになれる
大橋巨泉氏は頭が良く有能だった、セミリタイアの始祖ではあるがリタイアには不向きだったと言わざるを得ない
巷に聞こえてくる、能力がある強者男性のリタイアの動機って俺からするとリタイア動機として弱いんだよ、必死感が足りない
案の定長く続かずに仕事に戻ったり無職をビジネス利用して本を出したり信者を集めて職業無職に鞍替えしてるだけだしな
能力がある人間というのは幼少期から人から褒められる認められることで脳内麻薬が出るような回路が出来上がっている、それが最大の利点であり弱点、一時的に仕事から離れても結局働くことで得られる承認欲求には逆らえない
ある意味、有能な人間は死ぬまで働くことを宿命づけられた哀れな存在なんだよ、皆のためになるならこの能力活かしてみせると社会の奴隷が染み付いてしまっている、洗脳されてお国のためと戦争で常に前線に突っ込ませられる兵士のようにね
その点ぼくらはリタイアさえしてしまえば、無能ゆえに誰からも存在を望まれないし進んで自ら前線に出ることもない、社会にはひどい扱いを受けてきたので他人を切り捨てる覚悟もできている、余計な感情に振り回されず自分を守ることができる、リタイア向きということです
原典の言葉を引用するばかりではなく、原典をさらに読み解いて本質を明らかにするのが後進の役目です