セミリタイア老師 人生よよよのゆったり余生セミリタイアブログ

後進の育成も終わり、ひたすら死を待つブログ

もういつでも終わってもいい

どうもよよよです


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103のほうはわたしの感覚では大きく変わらない

昨今の物価上昇に合わせて壁も引き上げられる、必要な対応、という感じで大きく変わらない、非課税枠は物価に合わせて調整すべきだ

セミリタイア的に問題は106万の壁のほうで、それが撤廃されると厚生年金加入のための年収要件はなくなるが週20時間働くと問答無用で厚生年金に加入となり、非課税内で働いてるから国民年金免除でーす、とヌクヌクしてたムカつくセミリタイア民も週20時間労働以上なら強制的に厚生年金を払わされる、今まで国民年金だったパート主婦や非課税世帯に厚生年金を払わさせる、まさにそれが国の目的なわけだ

ニュースによると200万人があらたに厚生年金加入対象者となるそうで、厚生年金は入った瞬間、明らかに手取りがごっそり減るので厚生年金には入りたくない、厚生年金は国民年金を支えるだけ支えて見返りなし、自分で老後のために投資や貯蓄したほうが遥かにいい

年収156万円未満なら企業側が多く保険料負担可能に
具体的には、労使折半となっている保険料について、年収156万円未満(月給13万円未満)の場合は、企業側がより多く保険料を負担できるしくみを導入する予定です。企業によって負担する割合を変更できるようにするとされていますが、労働者の負担をなくすことは認めないとしています。

新たな厚生年金加入者による手取り減少負担増の批判の声を国は企業に丸投げするつもりで、パートの厚生年金の負担を企業が肩代わりできる施策を用意したと言うが、当然そんなことをできる体力はそのへんのスーパーにはない

せいぜい時給を減らして厚生年金の負担分に変えるぐらいだろう、国が処理するべき国民の不満をハイお前のせいね、とヘイトを国から企業に向けるための施策と言える

103万円や106万円の壁がなくなったとしても自由に働けるわけではない、その実態はより多くの人間を対象に税や社会保険料を払わせるのが目的だ

厳密に生きていくリタイア民的に賢い働き方は「週20時間未満」が新たなスタンダードになる、これだけ見ると制限緩和どころか余計に低いハードルがあらたに設置された感じだ

バイト時間を週20時間未満に合わせて調整したら、106万どころではない働き控えが世の中で起きそうだが大丈夫か?1日8時間なら週2日働くがせいぜいになる

年106万円制限なら先月全然シフト入れなかったから今月は多くシフト入りますとか流動的な働き方ができるが、週20時間制限だとそれはできなくなる

副業として流動的に働けるはずのパートアルバイトと相性が悪く労働時間は結果としてとても少なくなるのではないか

まぁケチなリタイア民なら頑として労働時間を抑え厚生年金に入らず働こうとするだろうが、一般人は労働時間の調整を徹底できずに大人しく多めに働いて厚生年金を払います、となる労働者が大半になるだろうし、そうなるのが国の狙いなんだろう、なんとしても多くの人に社会保険を払わせたい小ずるいやり方だ

つまりあれだ、雇われるとごちゃごちゃ面倒なので個人事業で稼げばいいのだ、ブログとかYouTuberとか、もしくは完全に働かなければいい、それが一番だ


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警察に通報、相談したらいいと思いますよ

「隣から騒音があってなにか事件かも知れません」と言って通報したらいい、騒音があるたびに何度でも通報する、そのうちガチで警察から怒られるでしょう、外国人なら余計に警察から目をつけられたくはないはずです

管理会社だけではなんの圧力にもならないでしょう

しかし間違ってもあなた本人がその外国人に注意するなど関わってはいけません、管理会社に注意されてからさらにわざと騒音を大きくするような性格の悪い人間に直接関われば下手すれば56されてしまいます

警察に相談する際に、どれだけうるさいのかスマホなどで録音などすると効果的でしょう

俺は杵築に引っ越してから今のところ隣人とのトラブルはないわ、そもそも顔も知らない、挨拶もしたことない、外国人労働者が来るような大規模な工場とか働き口がないからそういう外国人は見かけない、老いた老人ばかり、やはり働き口がない大分県は治安がいい

一番良いのは杵築に引っ越してくることですね

 

 


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やめようとするもなにも、俺も読者も互いに飽き飽きしてるだろ、惰性も惰性、なんなんだこのブログは、リタイアすることが目的だったのにリタイアしてからのほうが長くブログを書いている

本尿よりパンツに出た残尿のほうが多い、みたいなブログ

もういつでも終わってもいい、その気持ちは持っていてほしい

新たなステージに向かうべきだとずっと思っている

俺が唯一、決めてるのはブログをやめる時に、「もうやめます」なんて言わないってこと

おそらく、いつも通りに次の乞食の予定書いて、ゲームの話をして、そしてそのあと一生更新しない、そういう終わり方にしようと決めてる

やめます、と言うのは相手に義理があると思ってるからすることで、義務感とも言える

俺は義務感でブログをやってるわけではなく趣味でやってるわけだから、やめる、なんてのは誰にも言わなくていい、このブログは常に最終回なのだ

 


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それは本人の心の持ち方ひとつでしょう

コミュニケーションの練度というよりかは、重要なのは同じ価値観がそのコミュニティで共有されていることです

この人も自分と同じコミュニケーション不足で孤独で一般的な人生経験が積めなかった人なのだろう、という気持ちで人と接することができれば練度は大きな問題にはならないはずです

それに老人になればいろいろあきらめがつきます

例えばわたしならば、やはり若いうちは競争心というものがありますから他人と自分を比べて自分のほうが上だと粋がったり、反対に劣等感を覚えてしまったり、それが邪魔をして相手とコミュニケーションをうまく取れないこともあります、わたしもそういう相手からの視線が苦手なところもある

しかし老人ともなれば、相手ももうすぐ死ぬじじいばばあだし、と不都合があってもあきらめがつき、素直に接することができる、そう予想しています、だからわたしはときおり「早く心が惑わないじじいになりたい」ということを度々このブログでも書いています

重要なのは同じコミュニティ内で価値観を共有できることであり、国の予想でもさらに孤独老人ばかりになる、リタイアも流行し無職で生きた人間も増える、価値観の共有は容易になるという見込みしかありません

わたしの最終手段としてこのブログで「無職孤独老人集まれ!」と募集し孤独老人村を作ることも可能です、その時は奮ってご参加ください