どうもよよよです
世間には「過度な節約はダメ、バランスが大事!厨」が未だに蔓延っているのが我慢ならんわ
金を使わなくて済むならそれに越したことはないだろ?何言ってんだか…
僕はそんなヤツらを見る度、節約に耐えられないあなたの心が弱いだけじゃん、と思ってしまうのですよね
節約には見栄を捨てるのが大事、と様々なブロガーやツイッタラーが言ってるのを見かけるが、その言葉の真の意味は分かってない人間が多い
ちょっとブランド品を買うのを控えようとかそういう浅い話ではない
あなたの中の「これぐらいの出費は当然」という常識を壊せ、という意味だ
暮らすうえでガスが必須、室内テント生活はみっともない、そういう常識を壊せ、ということだ
そもそも過度な節約ってなんだ?
過ぎたる節約など存在しない
自分が納得できるのなら、それは全て正当な節約術であり、一般的に共通した越えてはいけないラインなどない
その勝手にあなたが越えてはいけないラインだと思ってるもの、それこそがあなたの「見栄」だ、それを壊せと言っているのだ
過度な節約、と言う人は自分の中の弱さや見栄を一般的なものと勘違いしている、そんな誤った認識で他人の共感を得ようとするな
そしてこういうことを言うと湧いてくるのが「そんな節約をするぐらいならその分ちょっと働いて稼いだ方がいい」という人達
あなた達は論ずるに値しないよ
お金を軽く見すぎ
そのちょっと働くにどれだけの苦労があるか
金が無くなる度に他人の子飼いになるのはセミリタイアの精神に完全に背いている
働きたくないから節約してるのに、意味分からないことを言うなと
そんなだからお前らはいつまで経っても労働に頼ってしか生きられないんだよ
困ったら働けばいいと思っている、「労働依存症」だね
いつまでも景気に左右される雇用に頼ってるようじゃ、真に安定した生活とは言えない
さらに救えないのが「節約し過ぎると、心が貧しくなる」とかいう人達ね
金を使わないだけで、心の状態がああだこうだと言えるのも、なかなかスピリチュアってるねぇ
自分が節約できない、節約に耐えられない人間だと分かると、今度は「極度の節約してる人間は心が貧しいんですよ」と節約できる人間を間接的にディスり、下げることでなんとか自分を正当化しようとする
まったく、どちらの心が貧しいのだと思うよ
極度の節約してる僕はゆっくり食事を楽しみ日々海や空の蒼さ、花の綺麗さに心奪われる生活をしています
それを心が貧しいと呼ぶ人は、どれほど心豊かな人なんでしょうね
思うに節約でストレスを受け窮屈に感じているのを、心が貧しくなると言ってるだけなんだと思います
単に節約生活に耐えられませんでした、というだけのことを正当化するのはやめよう
そう考えると「過度な節約はダメ」厨にはいろいろ亜種がいますね
「過度な節約はダメ!その分、働けばいい!」
↑働きたくないから節約してるのだ、意味分からないこと言うな、はい論破
「過度な節約はダメ!未来も大事だけど今の生活も大事!」
↑金をかけないと生活を楽しめないと思うな工夫が足りない、はい論破
「過度な節約はダメ!立派な人間になるにはお金かけて自己投資もしなきゃ!」
↑節約にも耐えられない脆弱な精神力で立派な人間とか笑わせるなよ、はい論破
「過度な節約はダメ!心が貧しくなる!」
↑自分が耐えられないからと謎disに逃げるな、はい論破
すみません、ことごとく論破してしまって
本当に人というのは、自己肯定するためならば多種多様な理由を思いつきますよね
ですが、それら全て「心の弱さ」「目的達成の意思の弱さ」から来るものなので、僕に簡単に論破されてしまうのですよ
皆さん、節約のためなら見栄を捨ててどんな生活も受け入れましょう
ガスも捨てて、室内テントの中でもやし炒めを貪る僕の言葉なら皆さんも信用できると思います
「過度な節約はダメ!」そういう意思の弱いツイートにイイネ!を押してる暇があれば僕のありがたい過去記事を見てもう少し勉強しましょう
節約はすればするほどいいです、皆さんが甘い意見に流されないことを願っています