29歳からの貧乏セミリタイア 人生よよよのブログ

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僕って「仕事したくない人」というより「責任を負いたくない人」なんです

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どうもよよよです

「労働者人生の中で転職は考えなかったのでしょうか?」という質問をいただきました

まぁよくあるんですよ、この手の質問も

「工場で一つの仕事をやっただけで仕事に向いてない、というのは早計だと思います、世の中には色々な仕事がありますよ?」

「転職をして自分に合った職業を見つければセミリタイアなんかしなくても良かったんじゃないですか?ただよよよさんは行動したくないから甘えているだけだと思います」

僕はそんな思考実験は10代の時にとっくに通り過ぎているのです

工場仕事での忘れがたくカビくさい風習の一つに「なぜなぜ分析」というものがあって、「なぜミスしたんだろう?」→「この工具が取り出しにくいからだ」→「なぜこの工具は取り出しにくい位置にあるんだろう?」などと、なぜ?を繰り返してミスロス原因を突き止めていくチーム活動がありました

その奇妙な風習にならって、10代の僕は「なぜ自分は仕事をしたくないんだろう?」という人生の疑問についてなぜなぜ分析していったんです

なぜ自分は仕事がイヤなのか?それを考えると色々と浮かんできます

「心身ともにすごく疲れるから」「時間や行動を束縛されるから」「職場の同僚がイヤなヤツらだから」

それもそうだがまだまだそれは枝葉の理由、根本的な原因ではない

確かにそれら枝葉が原因なら転職や環境を変えることで解決できることなのかもしれない、しかし俺の場合はもっと根っこの部分だ

浮かんだそれに対して、なぜ?を何度も問いかける

「なぜすごく疲れると感じるのか?」

「なぜ束縛されていると感じるのか?」

「なぜ同僚がイヤなヤツばかりと感じるのか?」

と、なぜ?を繰り返して原因を探った結果、全ての疑問は収束し「仕事場という場所がどうしても責任を負わされる場所で俺は責任を負わされるのが大嫌いだから」とそういう結論に至ったんです

責任を負わされるから疲れるし、常に責任があるから束縛されていると感じるし、責任を振ってくるヤツらだから特別にイヤなヤツらに感じる

そして最終的に「自分は少しの責任も負いたくない人間だ」という解に落ち着くんですね

なぜ?を繰り返しただけあって、この解は的確に自分の性質を表していて、ジャンルは違えど僕の行動原理のほとんどを説明することができます

「なぜ生涯孤独を宣言し、一人で生きているのですか?」と聞かれれば「他人の責任を負わされたくないからです」という答えになりますし、「出版社に声をかけられてもブログを書籍化しないのはなぜですか?」と聞かれれば「金を取ると自分の文章に責任を持たなくてはいけないからです」となり、

人生よよよという人間は「人生において、いかに責任を取らなくていい身分でいられるか」という部分に注力して生きている人間だということが分かります

僕は責任を負うということに対してとても強い忌避意識を持っている

そして仕事とは責任を負うことそのものです

お金をもらえる仕事である以上、責任がない仕事なんてありえません

「よよよさん、この仕事ならまったく責任がありませんよ!」という仕事があったら教えてください 

警備員だってただ立っているだけでなく、そこに立つという責任に応えることでお金をもらえているのです

転職しようが環境を変えようが人間関係を改善しようが、責任という概念自体に忌避意識がある限り根本的な部分での仕事への嫌悪からは僕は逃れることはできないんです

その嫌悪から逃れるにはセミリタイアしかない

僕はそういった自分の本質について若い時から深く理解していたので、訳知り顔で「よよよさんはさ、若いんだから転職とか色々してみるべきだよ」などと言ってくる読者に対しても、「俺の問題は転職なんかじゃ解決しない」という確固たる冷静な意見を持ってセミリタイアに突き進むことが出来たんですよね

例え話や労働を語るうえでの話題では人間関係が疲れるだとか、時間や行動の束縛だとか、そういう話も出てくるが、それは本質ではない、本質から伸びた枝葉の話だ

俺の本当の仕事をしたくない理由とはそういうことではなく、よよよは一切合切の社会的な責任から解放されたいんだよ、という事は皆さんも理解してください

セミリタイアを目指す皆さんも経験したことあるでしょう?

セミリタイアしたい、というと「セミリタイアじゃなくてさ、現状が嫌なら環境変えたり転職すればいいじゃん」などと言ってくる人に出会うことがあったら…

そういう時は黙ってこの記事のURLを送りつけてやってください