セミリタイア老師 人生よよよのゆったり余生セミリタイアブログ

後進の育成も終わり、ひたすら死を待つブログ

時短労働になれば無能サラリーマンは淘汰されると思う

どうもよよよです

「働き方改革」で5時間労働、あるドイツ企業の成果 - WSJ

同氏の会社「レイガンズ・デジタル・イネイブラー」の社員16人は午前8時に始業し、午後1時には仕事を終えることができる。レイガンズ氏は、週25時間の集中した勤務態勢と邪魔が入る週40時間の勤務態勢とでは、生産量は同じだと言い切る。 レイガンズ氏は「オフィスでやる気が途切れ、ネットでニュースやフェイスブックをチェックして気分転換を図ろうとしても、心からリフレッシュできない状況を誰もが経験している」とし、「最初の5時間で集中的に仕事を片付け、それが終われば帰宅してきちんと休息を取るというのが私の考えだ」と話す。 これを実現するには、勤務中のおしゃべりは奨励されない。ソーシャルメディアは禁止。携帯電話はバッグに入れたまま。会社の電子メールアカウントは1日2回チェックするだけだ。会議の大半は15分以内に終了する。

1日5時間労働にした会社があるらしい

5時間労働だと8時~13時までで終わるから昼休み挟まなくていいのがいいね

俺も昼休みに行くために機械の立ち下げ立ち上げでめちゃくちゃ時間かかってたからな

もちろん昼ご飯食べたあとの急激な眠気は全人類が体験することだし

昼休みが効率の悪化を招いているのは間違いないと思うからその点5時間労働は良いことだろう、だが…

先日マイクロソフトでも週休3日にしたことでむしろ業務効率が上がった、とのニュースを見て「日本でも導入しよう!」というネットユーザーがたくさんいたが、俺は実際にやるとなると不安がある

1日5時間労働や週休3日は聞こえはいいが、その中で8時間労働や週休2日と同様の成果を出すよう会社から求められるということだ

果たしてその効率化に僕ら無能サラリーマンはついていけるのか?

ギュッと凝縮された5時間の仕事の中で能力が発揮できるかできないか、明確に差が出てきてしまうと思う

それまでは8時間という長い労働のおかげで「仕事できるけど休憩長い人」「仕事できないけど休憩とらずに頑張る人」の差は問題にはならないほどであったとしても、それが凝縮された5時間労働になれば、その能力の差が歴然としてしまうのではないだろうか?

5時間で成果をあげなければいけない、そんな改革が行われる中で成果主義の志向が強まり、誰もが短時間の中でサボらず働くようになれば今まで問題にはされなかった「真面目だけどスキル的にはお荷物」の存在がハッキリとしてしまい、社内に居づらくなる…そんな風にはなってしまわないだろうか

僕も無能側の人間なので、時短労働は「無能の見える化」が進む事にならないか?と不安になってしまうのだ

ウサギさんがサボる時間の猶予があるから、歩き続けるカメさんも同等の存在になれるのに…

僕だって時短労働になるならそれに越したことはないが、露骨に周りとの能力の差が見えた職場で楽しく働きながら生きていけるのだろうか、とそういう不安がある

僕のような無能サラリーマンは「この効率化についていけない人間は要らない」と淘汰されてしまうのではないかと

8時間がいきなり5時間労働にもなれば、社内風土が効率成果主義になり無能には厳しい評価が下されるだろう

だったらもしかしたら実は時短労働は無能サラリーマンにとって歓迎すべきことでは無いのかもしれない

まぁというか、日本の大半のサラリーマンは世界的に見れば生産効率が低いらしいから大半はそんな変化にはついていけないと思う

日本人は起業側もそうだが、労働者側も「成果より拘束された時間の長さで稼ぐ」のが身に染み付いてしまっている

マイクロソフトはもちろん有能な人材揃いだろうし、このソースの会社の社員も時短労働になってからの急な変革にも対応できるほどの有能揃いだろうから、仕事の効率化にも成功し時短労働最高!世間のみんなもやろうよ!となっているのかもしれないが、

それを真に受けて無能サラリーマンどもがウチも時短労働にしよう!と喜び勇んで時短労働を導入したら自分の首を絞めるどころかクビを飛ばされる事にはならないだろうか

僕はもう無能な事を誰にも責められない無職だから対岸の火事だが、無邪気に時短労働!と叫ぶ社畜達に一抹の不安を覚える事を止められない、よよよ31歳の冬の出来事なのであった