29歳からの貧乏セミリタイア 人生よよよのブログ

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セミリタイアは現実逃避なのか?

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どうもよよよです

https://www.hitode-festival.com/Semiretirement-Escape

若くして著名なブロガーがセミリタイアについて書いていたが、「う~ん?」と思うことが多かった

彼が言うには「セミリタイアを一時的な現実逃避の理由に使っている人が多い」とのこと

「いやいや、そんな理想的な経済的自由を手に入れたら後はどうにでもなるよ!」という考え! 本当にそう!? 仮にそれを達成したとして、そのあと何するの???実際に聞いてみると、こんな答えが返ってくることが多いです「とりあえず、のんびりしたい」いやそれ、単純に今の仕事に疲れてるだけじゃん!!!

80歳で死ぬとしても、45歳でセミリタイアしたら残りの35年以上何すんのよ、って話です。ずっとその「のんびり」とやらをするの??? 暇じゃない????

「とりあえずのんびりしたい 」は彼からすればセミリタイアの動機としては違う、と感じるようだ

その後の長い人生、とりあえずのんびりしたい、という理由だけでは時間を持て余しますよ、とのこと

俺からしたら10年前に通り過ぎた問題だな

僕の意見ではとりあえずのんびりしながらやりたいことを模索していく、というやり方でも全然問題ない

僕自身も仕事を辞める前、辞めた後何をするかなんて考えていなかった ゲームをひたすらやる気でいたが、予定らしい予定はそれだけ

それを不安に思ったことは一度もない

僕という人間を構成するうえで、仕事のウェイトはとても低い、だから仕事がなくたって僕の人生は成り立つし不都合はない

仕事がない生活を想像すると不安に感じてしまう人は、口では「仕事嫌い!」と言っていてもなんだかんだ心の拠り所にしているのではないか?

このブロガーの彼も含む世間の人間は「時間を持て余すこと」に対して恐怖を抱き過ぎだと思う 僕の質問箱にもその手の質問だらけで嫌気がさすほどだ

暇になったらやりたいことをして、なければ探すし、探さずにそれまでやってきたことを再度やってもいい

人間の趣味趣向など年齢や環境によって変わっていくものだ 辞める前から生涯に渡ってライフスタイルなんて決められないし、決められると思わないほうがいい

辞めた後にああしようこうしようと思ってもきっとその通りにはならない 自分では計画的なつもりかもしれないが、その通りにならなかったらかえってパニクる

辞める時には、とにかく「仕事辞めたい」という気持ちさえあればよい 何をするかは辞めたあとの自分におまかせだ

仕事を辞めたら、しばらくゆっくりしながらやりたいことを探しつつ徐々に行動を始める、難しい話ではない

なぜそれができないと思ってしまうのだろうか?

多くの人間は時間があれば、自然に楽しいことを探しにいくものだと思うが…

どうして自分自身のことを受け身人間だと思ってしまうのだろう 自分のことをつまらない人間だと卑屈になってはいけない

まぁ思うに、このブロガーの彼は元々勤勉な人間なんだろう 「長期間ののんびりとした無職生活」を、楽しむものではなく人生を脅かす恐怖の対象だと思っている

彼の、暇じゃない?という言葉から「膨大な時間への恐怖」を読み取れる

前述の通り、暇を感じないように動けばいい話だし、それに…

暇でも良くない?別に

仕事で苦しむより全然良くない?

そう思えない人間はセミリタイアには向いていない、という話なら同意できる

働いたほうが精神の安定を得られるなら別に働き続ければいいが、全ての人間がそうだとは限らない

働かずに安穏とした生活を至福だと感じる人間もいるということだ

45歳で辞めたら無職期間が35年以上もある!それはそうだが僕は時間の長さの問題ではないと思う

自分の時間との向き合い方を知っていれば一生ケチな貧乏でも楽しんで無職生活を送ることは可能だと思うし、知らなければ彼の言う通り金を持っていようがわずか1年でも時間を持て余して鬱になってしまうだろう

セミリタイアなんて大それた選択を自分からする行動力のある人間が、退職後は急に何をしていいか分からなくなるなんて考えにくい話ではあるけども…

そして、これはいつもこのブログでは言っていることだが、どんな人間でもいつかは定年退職や病気、ケガなどにより段階的に、あるいは突然に働けなくなる時がくる

労働大好きでヒマな無職なんてイヤ!な人でも、労働に依存せずに自分の時間と向き合わなくてはいけない時が必ずくるのだ

働いていれば全て解決、ということではない

特にセミリタイアを目指していなくとも、その心の準備はしておいたほうがいいと思う

ブロガーの彼の言い分だと、この問題から目を逸らしているように感じる

いつかは向き合わなければならない「無職の膨大な時間」と向き合うのは怖いからとりあえず仕事をする

それは彼の言うところの「一時的な現実逃避」ではないのだろうか

仕事をしていれば時間を管理され時間を持て余さずに生きていくことができる、それはいいが急に時間の使い道や収入や心の拠り所を失う可能性はゼロではないということ

ぜひ、仕事大好きな労働者にも「仕事をしていない自分」を想像できる人間であってほしい

「心にいつでもセミリタイアを…」

当ブログの合言葉だ、覚えておいてほしい

現実的にどうすれば良いのかという事を考えると、やはり 仕事を苦しくないものにする 楽しい仕事をする という事しかないのだと思います。

歯を食いしばりながら現実逃避をするよりも今よりも苦しくない仕事 理想を言えば自分にとって楽しい仕事 を続けていく必要があるんだと思いました

これも僕は同意できませんでした

苦しくない仕事なんてないし、それが無能な人間なら尚更です

仕事が辛いなら楽しい仕事をすればいいじゃん、だなんて…まぁそりゃそうだ

確かに世間には仕事が無数にあり、その中には自分にピッタリ合う仕事もあるのかもしれません 天職と呼ばれるヤツ

しかし、それを実際見つけるのは困難だと思います 仕事を変えるのだって無能には大変なんですよ

工場の仕事をしたなら、まず普通はその次の仕事も工場です ハロワに行っても他の業種を紹介してもらえません

仮に努力して業種を変えられたとしても、無能は飲み込みが悪く何度も叱られ、コミュ障は人間関係の構築のやり直しに四苦八苦する

そんな苦労の数々をして自分に合う仕事を探して転職のやり直しをしているうちに自分も歳をとってきて、自分よりはるか年下の上司に叱られたりしたら死にたくなりますよ

自分に合う、楽しいと感じる仕事が見つかるまで何度でも転職やり直せばいいじゃん!なんて気軽に言われると「ちょっと理想論に傾き過ぎている」と感じますよ

そんな無謀な苦労をするくらいならそれこそ、つまらなくて自分に合ってなくても金を貯められる仕事について資金を貯めセミリタイアをした後に、ゆっくりと自分のやりたい仕事を見つけるほうが現実的だと思います

自分の生計を立てながら無数の仕事の中から楽しい仕事を探すほうが非現実的だと僕は感じてしまいますけどね

どちらも同時にする必要なんてありますか?ひとつずつ目標をこなせばいいでしょう

ブロガーの彼は現在はたまたま理想の仕事をしているのかもしれないが、その成功体験が一般的に通ずるものだとは思えない

それと、そもそも仕事自体が嫌いな人もいる

向いてる向いてない仕事だとかそういう事ではなく、仕事自体に苦手意識を持ってる人

俺はそれだ

楽しい仕事?どんな仕事だろうが金もらうからには責任はあるだろ その「責任を負う」という根本が自分に合わなければどんな仕事でも同様に苦痛 そんな面倒くさいものよりテレビゲームしてたほうが気楽で楽しいに決まってるだろ?はい論破

働きたくないって言ってるのに、「楽しい仕事もありますよ!」なんて言われると、野菜嫌いな僕が「新鮮な野菜もありますよ!」と言われたような違和感を覚える

いや、野菜の質がどうこうじゃなくて、俺は野菜が食べたくないんだよ!それを分かってほしい

セミリタイアは現実逃避、確かにセミリタイアは多くの人が選ぶ労働者人生からの逃避だ

しかしセミリタイアしたまま最後まで逃げ切れれば、セミリタイアこそが俺の紛れもない現実

俺は労働からは逃げ切る気満々だが自分の人生から逃げる気はないし、必ずセミリタイアを現実のものとする

皆さんにはその様子を今後もチェックしていただきたい