セミリタイア老師 人生よよよのゆったり余生セミリタイアブログ

後進の育成も終わり、ひたすら死を待つブログ

本当に難しい問題だと思いました

どうもよよよです

「おかねのけいさんできません」男性自殺 障害の記載「自治会が強要」 - 毎日新聞

Twitterでめちゃ話題になっていた

自治会役員が持ち回りの役員の抽選から障害者の方を外すために、障害者の方に自分ができること、できないことを書き出させたら、障害者の方はそれにとてもショックを受けて自殺してしまったと

当然、亡くなったしまった人がいますから、亡くなった人が被害者、自治会役員が加害者、という認識で世間の人に叩かれていたけど、実際、これはとても難しい問題だと思いました

例えば僕も周りに障害者の人がいたとして、助ける立場になったら「どういう所を助けたらいい?何が難しいと感じるの?」というのは聞いてしまう気がするんですよね

それを「傷ついた」と非難されたら、どうすればいいんだろうなと

やってはいけないこととか、してほしいことは前もって知っておきたいじゃないですか

もちろん自分の弱みをつらつらと書き出させるなんてブラック企業の自尊心&人格破壊の研修のようで、わざわざ書き出させる必要は全くなかったとは思いますけどね

障害の度合いも状況も人それぞれ千差万別、その中で周りが適切にフォローしようと思ったら、やっぱり「何ができて何が難しいと感じるの?」というのは本人にしたら辛いことなのかもしれないけど、どうしてもどこかの段階で聞き出さないとフォローも難しくなってくるんじゃないかと

それも「傷つくから聞かないで!」となれば、周りはどう接したらいいか困ってしまいますよ

障害を理解しようと思うならその質問は避けて通れない、それを禁忌にされたら理解もなにもできない

障害者が公的支援を受ける時にも「何ができるかできないか」は聞かれるそうです

公的にしろ個人的にしろ、助けるならそこは聞いとかないとうまく助けられない

周りのフォローする人が障害者の方に対して抱える障害について状況を聞き出すこと自体は悪いことではないんだと思う

ただし、それはあくまで個人情報ですから本当に周りで密接に接する人が共有しておけばいい話なんだ、という事は前提でしょうね

今回の問題は、周りの密接にフォローする人ならともかく、自治会の持ち回りの係決めのようなしょうもない事例で、個人の詳細な事情を聞き出す必要は無かったということ

そして、やり方もわざわざ書き出させるだとか、それを「周りに見せる」などととにかく配慮に欠けた行いだった事が原因だったと思います

なぜみんなやってる持ち回りの仕事ができないのか、と聞くこと自体は役員からしたら聞かざるをえないでしょうし責められることでは無いんでしょうけどね、まぁやり方、言い方…そして配慮なく踏み込みすぎた、その辺のことだと思うけどね

自分にとってはささいな行為でも他人にとっては死ぬほどショックだったりするから難しい

守られるべき個人情報、しかしそれは周りがフォローするためには共有したほうがいい情報でもあるわけで…

家族のような人達なら聞いてもいいのでしょうが、例えば友達、会社の同僚となれば、一体どうするべきなのか…どこまで踏み込んでいいのか?それで傷つくのかどうかも個人差があるだろうし…本当に難しい問題だと思いました